永井荷風おもしろい

 永井荷風の『ふらんす物語』を読んだ。1909年に出版された本。西洋への強い憧れとフランス文化への強烈なひいき目が面白かった。

 永井自身は、本当は銀行員として家業を継ぐために24歳で渡米して、父上のコネで今度は念願のフランスで働くも馴染めず8ヶ月で退職したのもふつうに面白い。もうちょっと頑張って仕事と両立して書物をした、とかのほうがウケがいいと思う。現代的だと、ニートなのにパリジェンヌと毎晩遊んで、帰国して2chにスレ立てて炎上する、みたいな感じだと思う。永井は30歳のときにこれを書いたら、風俗を乱すとの理由で発売禁止になった。

 丁度食事の時刻で、宿屋の食堂では物の匂いや皿の音がしていたが、自分は廊下を往来している宿の女中を見ていると、とても、イギリス人の家では食事する気になれない。大方アイルランドか何処かの女であろう。口が「へ」の字なりに大きく、顎が突出て、両の頬骨が高く***え、目が深く凹んでいる形相はどうしても日本の般若か、独逸の物語にある魔法使いの婆としか見えぬ。いやに威張って大手を振りながら歩いて来て、自分の顔を見るやだしぬけに、

 Will you take dinner?と云うではないか、自分は実際呆れて何とも返事が出来なかった。

 この年月自分はフランス語の発音そのものが已に音楽の如く耳に快い上に愛嬌のいいフランスの町娘ばかり見慣れていたことから、ぶっきら様なイギリスの下女の様子と共に英語に特有の鋭いアクセントが耳を突いて、何の事はない、頭から叱りつけられるような気がするのであった。

 No thank you---と聞えぬほどに云い捨てて自分は往来にと出た。

***のところ、読めない漢字でした.

ふらんす物語 (新潮文庫)

ふらんす物語 (新潮文庫)